こんにちは。長崎市の整理収納アドバイザーやすよです。

前回の再び長崎へ。片付いた先に見えたもの④に引き続き、

整理収納アドバイザーになったワケその⑤、完結編です。

第1話はこちら→片付けで人生が輝き出す①

整理収納は、私に幸せになる勇気をもたらしてくれました。

 

「どうして起業なんてしたいの?

パートでいいんじゃない?」

と言われたことがあります。

 

当時は、私も心の整理がつかず、

この気持ちを話すことが、できませんでした。

このことを話せば涙が止まらないからです。

セミナーでは、今でもこの話はできません。

でも、知ってもらいたい。

誰かの助けに、なるかもしれないから。

勇気を出して書きます。

私の母は

優しくて、人見知り、私と同じでおっちょこちょい。

家族のために、自分は後回し。

料理が上手で、笑顔の可愛いひまわりみたいな人。

私の守るべき存在でした。

 

私が10歳の時に母は乳がんになりました。

それから、治療を続け、その7年後に再発。

数年後にリンパに転移

私が21歳の時に亡くなりました。

私は、一生分泣きました。

どうして、

こんなにいい人のお母さんが。

病気になりながらも、私達を育てるため

パートを掛け持ちし、朝から晩まで一生懸命働き、

こんな目に合わなくてはいけないのか。

 

悲しい、悔しい気持ちでいっぱいでした。

直接伝えられなかった母へ

感謝の気持ちを込めて、

兄弟4人から母への手紙を棺に納めました。

私は手紙にこう約束しました。

『お母さんありがとう。

生まれ変わったら、私の子に生まれてきてね。

なんでも好きなことさせてあげるからね』

 

母は煙になり、空へと旅立ちました。

 

 

葬儀にはたくさんの人が駆けつけてくれて

「私はなんて周りから支えられて生きてきたのか」と気付きました。

 

葬儀の間、「恩返し」という字が頭の中に浮かび、

いつかみんなに返したい、強くそう思ったのを覚えいます。

 

私はこれからどうしたらいいの?

 

母の死を消化できないまま

それから、翌年、23歳の時、私は結婚、

住宅購入、同居、退職…

それから、長女出産しました。

母は、とても我慢強く、

私達のことを優先して、苦労も惜しまない。

それでも明るく笑顔を絶やさずに

病気に打ち勝とうと、最後まで戦い抜きました。

その姿をずっと見てきたので

母親とはそうあるべきだと思い込んでいました。

母のように『我慢強く、子供に尽くさなければ!』

産まれてきた娘を私なりに一生懸命可愛がりました。

でも、育児がこんなに大変だなんて…

どうしてうまくいなかいのだろう…

泣き止まない娘に、育児中の自由なのさに

嫌になる日もありました。

母との約束を果たせていない気がして

鬱々とする日も多くありました。

母の笑顔を思い浮かべ、

私も笑顔でいようと努めましたが、

時折、闘病中だった母が言った言葉が

頭から離れませんでした。

『生きてきて楽しいことあったかな。』

ポツリと母から漏れたこの言葉。

子供にとってこんな悲しい言葉はありません。

かなり辛い病状、生活環境を強いられていましたので、

そんな弱音が出てしまっただけだと…今ならわかります。

泣いても泣いても、母はもういない。

もう母に「幸せだったのか?」と尋ねることはできません。

もう会うことはできないのです。

 

そして、自分が親となり、

知らず知らずのうちに

母の様に生きていることに気づき、ハッとしました。

 

 

これじゃいけない!

「自己犠牲の上の、子供の幸せなんてありえない」

 

 

私が人生を楽しんで、

生きることが楽しいって

私は子供に伝えなくてはいけない。

私が変わらなければ、

この鎖を断ち切らなくては。

 

母が死をもって教えてくれた気づきでした。

もがいていたその頃に、

整理収納に出会いました。
片付けることで

モノと向き合い

自分と向き合い

様々なことを取捨選択するうちに、

自分自信が幸せになる許可を出せるようになりました。

 

そして、

もっと早く子供の時に知りたかった!!と切に思いました。

子供の頃からこのスキルを知っていれば

自分の人生は変わっていたと思いました。


この知識を子供達に伝えたい。

いつか出版して、図書館に並べば、

私の様な貧しい家庭の子や、悲しい思いをした人が知識を得られ、役に立つかもしれない。

そんな夢を思い描くようになりました。

 

 

『この整理収納のスキルで全ての母と子を幸せにする』

私が幸せであり続ける。

夢を叶える。

そして、

私を支えてくれた人から受け取った恩を、愛を、

母親達へ、子供たちへ、次に繋げる。

 

これが私のミッション(天命)です。

2月20日の母の10年目の命日を前に、

こうして書けたこと

皆様に読んでいただけたこと、

私が今幸せに生きているということ、

母への供養になると思います。

最後までご覧頂きありがとうございました。 

私と出会ってくれた全ての人達に感謝を込めて。

長崎市 整理収納アドバイザー やすよ