こんにちは。

長崎市の整理収納アドバイザーやすよです。

やすよ、ついに、整理収納アドバイザーになる!

↑前回に続きその③です。

 

 

主人『神戸の新しい課に移動になった、長崎に戻る予定はない』

私『は?』

 

主人の勤め先は転勤が全くなく、

なので、安心して住宅も購入していました。

『寝耳に水』とは、このこと!

『まじ!え、一生?神戸??』

 しかも出産間近。

家はどうしよう、

単身赴任?

同居のお義母さんは?

これからどうしよう。

家の中の雰囲気は最悪でした。

 

よぎるのは悪いことばかり。

会社を辞めるという選択も出てきました。

 

張り詰めていた糸が切れ

大ゲンカしたその日、

お腹の中の息子の心拍が低下し

緊急帝王切開になり出産しました。

 

あと1日検診に来るのが遅かったら危なかったよと、

息子は無事に生まれてきてくれました。

息子は私のことを心配して

このようなことになったのだと、反省しました。

 無理をしすぎる傾向にある私。

(子供達は私の制御装置、心のバロメーターです。 )

 

実は、今回の移動の件で、

主人は言われなのない理由で

職場で辛い目にあっていました。

そんな状態の中、

主人を単身赴任にするわけにはいかない。

家族がついていけば、社宅に入れる。

 

術後の痛み、新生児のお世話、母乳も出なくなり、赤ちゃんもうまく寝付かない中、

リフォームやDIYをして手をかけて育ててきた家や

ガーデニングやバーベキューやプールを楽しんだ庭を眺めながら、

自分はどうしたいのか…

ひとり考えました。

 

そして、私は決断しました。

 

 

『家を売って、神戸に行く』

住み慣れた家も、仲の良い友達、今まで集めてきたモノたち、

全てを手放して、ついて行くと決めました。

 

『家はモノ、家族は一緒』

私にとってこの決断は、

片付けを実践していなければ出ない答えでした。

 

片付けを通して、私にとって

<本当に大切なもの>は何かが、

わかったからです。

 

 

以前のままの私でしたら、

物理的なこと〈モノや家〉に頭が支配され、

周りの意見が優先、

自分の真の欲求や感性を後回しにして、

このような思い切った判断は、できなかったと思います。

家が売れる保証もない、

今まで払ってきたローンも返ってはこない。

大損するかもしれない。

それでも、家族で、主人を支えることが先決でした。

 

気がかりだったのはお義母さんのことでした。

私もお義母さんはすっかり仲良くなっていて、

残していくのが心配でした。

子育てや家事も頼っていたので不安でした。

幸い、お義母さんも主人を心配し、

『息子を支えてやってね』と送り出してくれ、新たに住む場所も決まりました。

 

5LDK(140㎡)小屋付き、

2世帯の我が家には

大量のモノが収納されていました。

次の家は3LDK(80㎡)の社宅、

半分ほどの広さです。

5ヶ月の息子を抱え、徐々に整理を始めました。

そのうち、主人も私も心の整理がついてきました。

 

 

独身の時に買った車1台、

子供たちの成長を彩った衣類とベビー用品、

ペイントした食器棚、

カラーボックス5つ、

庭で友人とおしゃべりして座ったベンチ、

家族でdiyした思い出のウッドデッキ、

家族で楽しんだバーベキューセット、

ガーデニング用品、

DIY用品、木材、インテリア雑貨etc

子供たちと川の字で寝ていたダブルベット、

タンス3つ、メタルラック、カラーボックス

手放した総量は2トントラック1台分ほど。

友人に譲ったり、専門業者へ依頼しリサイクルしたりして処分しました。

 

涙で友人達に見送られながら

2015年春、いざ神戸へ。

 

知り合いもおらず、新しい環境で、2人目の育児に四苦八苦。

何よりも、娘のことが心配でした。

ばあちゃんっ子で、新しい環境に慣れるか不安でした。

主人の新しい部署もストレスフル。

私のことは後回し、とにかく家族のケアに必死でした。

そのうち、家も買い手がつき、少しほっとしました。

新居の社宅は、というと

あんなに減らしたのに、家具が収まりきらず!!

道具選びの重要性を痛感しました。

またモノを減らし、生活環境が整う内に、

思考も心も整ってきました。

人も家に呼べるようになり、

秋が過ぎる頃には、すっかり神戸も楽しくなってきて、

娘も私もお友達と生活を楽しんでいました。

 

が、引っ越して、

8ヶ月経ったある日

 

主人『会社また長崎に戻るって…』

『は?』

 

二度と戻らないって言ったから

家も売ったのに…!!

 

もう笑うしかありません。

 

そんなこんなで、嬉しいかな、悲しいかな、

2016年春、たった一年で神戸とサヨナラし

長崎市へ引越しました。

 

この一年足らずの騒動は

物理的にみたら、損のように思えますね。

人からも、売らなかったらよかったねーと言われます。

でも、後悔はしていません。

家族の絆は強くなりました。

娘は新しい環境に対応する力もつきました。

改めてモノを手放す起爆剤となりました。

 

家を売ったことは全く後悔していません。

家に価値があるのではありません。

そこで経験した思い出や、出会った人が本当の価値だからです。

 

今でも以前住んでいたお友達とは家族ぐるみで交流しています。

いつでも帰っておいでね、と迎えてくれる

ご近所、ママ友から始まった本当の友人達です。

神戸の友達とも、また会うことができます。

 

娘も2度の転園で3園目!

昔の私なら、何回も転園させてかわいそうなことをした

と思いそうですが、

今は、『やったね!3倍友達ができたね!』と言っています。

 今ではとてもよい友人に恵まれ、幼稚園を楽しんでいます♫

  

時空が歪められ、引っ張られたような、不思議な一年でした。

今思えば、必然だったと思います。
『再び長崎へ。片付いた先に見えたもの』へつづく