こんにちは。長崎市の整理収納アドバイザーやすよです。

episode2:整理収納アドバイザーになる!の続きです。

主人『神戸の新しい課に移動になった、長崎に戻る予定はない』

私『は?』

主人の勤め先は、今まで転勤は全くありませんでした。なので、安心して住宅も購入していました。『寝耳に水』とは、このこと!『まじ!え、一生?神戸??』 しかも出産間近。

ついていくか?単身赴任?家はどうする?ローンは?同居のお義母さんは?これからどうしよう。不安が駆け巡り、家の中の雰囲気は最悪でした。

会社を辞めるという選択も出てきました。

悩みに悩んで、誰にも相談できず、張り詰めていた糸がプチンと切れました。主人と大ゲンカしたその日、お腹の中の息子の心拍が低下して入院。緊急帝王切開になり、出産しました。

「あと1日検診に来るのが遅かったら危なかったよ」とお医者様から言われました。息子が無事に生まれてきてくれて本当に良かった。息子は私のことを心配して、このようなことになったのだと、反省しました。実は、今回の異動の件で、主人は言われなのない理由から、職場で辛い目にあっていました。そんな状態の中、主人が単身赴任となれば、精神的に大丈夫なわけはない。私たち家族が家を手放し、主人と一緒に神戸へ行けば、社宅に入れて、側で支えることができる。

術後の痛み、新生児のお世話、ストレスで母乳も出なくなり、赤ちゃんもうまく寝付かない中、天井を見上げました。リフォームやDIYをして手をかけて育ててきた家・・・ガーデニングやバーベキュー、子供達とプールを楽しんだ庭を眺めながら・・・

自分はどうしたいのか…

ひとりで何度も考えました。

そして、私は決断しました。

『家を売って、神戸に行く』

住み慣れた家も、仲の良い友人、今まで集めてきたモノたち、全てを手放して、ついて行くと決めました。

『家はモノ、家族は一緒にいること』

この決断は、整理収納を通じて、自分と向き合っていなければ、決して出ない答えでした。私にとって<本当に大切なもの>は何なのか?わかったからです。

整理収納に出会う、以前の私でしたら、物理的なこと〈モノや家〉に頭が支配され、周りの意見が優先、自分の真の欲求や感性を後回しにして、このような思い切った判断は、できなかったと思います。

家が売れる保証もない、今まで払ってきたローンも返ってはこない。大損するかもしれない。それでも、家族で、主人を支えることが先決でした。

気がかりだったのはお義母さんのことでした。私もお義母さんはすっかり仲良くなっていて、一人残していくのが心配でした。今までずっと子育てや家事も頼っていたので、不安でした。幸い、お義母さんも主人を心配していて『息子を支えてやってね』と送り出してくれました。新たに住む場所もすぐに決まりました。

5LDK(140㎡)小屋付き、2世帯の我が家には、大量のモノが収納されていました。次の家は3LDK(80㎡)の社宅、半分ほどの広さです。5ヶ月の息子を抱え、徐々に整理を始めました。手を進めていくうちに、主人も私も心の整理がついてきました。

独身の時に買った車1台、子供たちの成長を彩った衣類とベビー用品、ペイントした食器棚、カラーボックス5つ、庭で友人とおしゃべりして座ったベンチ、家族でdiyした思い出のウッドデッキ、家族で楽しんだバーベキューセット、手をかけて育てたガーデニング用品、家を彩ったDIY用品・インテリア雑貨、子供たちと川の字で寝ていたダブルベット、たくさんの洋服を納めていたタンス3つ、メタルラック2つ、カラーボックス6個・・・手放した総量は2トントラック1台分ほど。友人に譲ったり、専門業者へ依頼しリサイクルしたりして、出発ギリギリまでかかって、ようやく処分しました。

涙で友人達に見送られながら、2015年春、いざ神戸へ。

知り合いもおらず、新しい環境で、2人目の育児に四苦八苦。何よりも、ばあちゃんっ子の娘のことが心配でした。主人の新しい部署もストレスフル。私のことは後回し、とにかく家族のケアに必死でした。そのうち、手放した家にも買い手がつき、少しほっとしました。新居の社宅は、というと・・・あんなに減らしたのに、家具が収まらず!!こんなに減らしたのに・・・というショックと、収納道具選びの重要性を痛感しました。それから、さらにモノを減らし、生活環境が整う内に、思考も心も整ってきました。ようやく家にお友達も呼べるようになり、秋が過ぎる頃には、すっかり神戸も楽しくなってきて、娘も私も、新しい生活を受け入れていました。

が、引っ越して、8ヶ月経ったある日です。

主人『会社、また長崎に戻るって…』

『は?』

二度と戻らないって言ったから、家も売ったのに…!!会社の都合に振り回されるのが会社員の宿命。もう笑うしかありません。そんなこんなで、嬉しいかな、悲しいかな、2016年春、たった一年で神戸とサヨナラし、長崎市へ引越しました。この一年足らずの騒動は、物理的にみたら、損のように思えます。人からも、売らなかったらよかったねーと言われます。でも、後悔は全くしていません。

家族の絆は強くなりました。
娘は新しい環境に対応する力もつきました。
多くのモノを手放すきっかけになりました。

家を売ったことは全く後悔していません。

家に価値があるのではありません。

そこで経験した思い出や、出会った人が本当の価値だからです。

今でも、以前住んでいたお友達とは家族ぐるみで交流しています。いつでも帰っておいでね、と迎えてくれるご近所、ママ友から始まった本当の友人達です。神戸の友達とも、また会うことができます。

娘も2度の転園で3園目!昔の私なら、何回も転園させてかわいそうなことをしたと思ったでしょう。今は、『やったね!3倍友達ができたね!』と言っています。 今ではとてもよい友人に恵まれ、幼稚園を楽しんでいます♫時空が歪められ、引っ張られたような、不思議な一年でした。今思えば、必然だったと思います。
『episode4:再び長崎へ。片付いた先に見えたもの』へつづく

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